本日朝採りの新鮮な野菜は
味よし、風味よし、香りよしの3拍子。

 JR鎌倉駅から小町通りを入って3分。路地裏の2階に「鎌倉ごはん 海月」はあります。
 店に入って驚くのは、テラコッタで造られた大きな「かまくら」。分煙も兼ねた個室席なのですが、誰もが「鎌倉と“かまくら”をかけたダジャレ?」と思うそう。オーナーの松石健宏さんが「これ、月なんですよ。ホントは丸いドーム型にしたかったんだけど、重さの関係で無理だったんです」と愉快そうに説明してくれました。
 さて、まずは本日朝採りの野菜を見せていただきました。籠に盛られたしいたけ、筍、アイスプラント、二十日大根は実に瑞々しく、野菜独特の強い香りがします。広報の吉川美衣子さんが「今日はこれを使っておすすめの野菜料理をご用意しますね」とにこやかに対応してくださいました。
 まずは海月イチオシの「おまかせ鎌倉野菜のバーニャカウダ」から。採れる野菜によって内容が変化する通年メニューで、本日はミニトマト、黄色のパプリカ、アイスプラント、ミラノ大根、紫大根、二十日大根、カブなど。「大根やカブは春先ののぼせた状態を冷ましてくれる食材」なんだとか。色とりどりで見た目も美しいし、歯ごたえと香りが抜群です。
 2皿目はこれも葉野菜たっぷりの「朝採り海月畑のサラダ」。揚げたニンニクが香ばしくて、いくらでも食べられます。3皿目は「アイスプラントの天ぷら」。これは松石さんが去年から植えたアイスプラントを、生食だけではなく他の食べ方を模索した逸品。もともと塩味がついている野菜なので、何もつけずにそのままいただきます。
 最後は「朝掘り筍と原木しいたけの焼き物」。しいたけはほぼ手のひらサイズ。通常大きいと大味になるけれど、このしいたけは肉厚で、味もしっかり。筍も風味豊かで柔らかく、バター醤油のタレにからめるとまたおいしい。まさに野菜の新鮮さをまるごといただける4品でした。

80年の歴史が受け継がれた理由は、
オーナーの感じた「運命」。

 さてちょっと洒落た創作料理店の「海月」ですが、ここは実は長い歴史があります。
 約80年前、東京新橋にて料亭がスタート。その後居酒屋「長兵衛」となり、松竹撮影所のお客様を多く迎えていました。ところがその松竹が鎌倉の大船に移転することに。その際、松竹の方々からの強い誘いがあり、昭和10年、長兵衛も鎌倉に引っ越したのだそう。その後も川端康成など鎌倉の文士たちに愛され、「誰もが競ってカウンター席を争った」という伝説の居酒屋に成長しました。
 しかしながら、2008年春、昭和初期の小民家風だった建物の老朽化に伴い、やむなく閉店することに。しかしそんなときに長兵衛の親方が松石さんに出会い、「店を引き継いでやらないか」という話をもちかけたのです。
 当の松石さんはというと、2001年夏に鎌倉中央海水浴場にて海の家「Asia(エイジア)」をオープン。「海の家では提供できない料理を陸の上で」という想いが募り、物件を探すも、なかなか見つからない時期でした。長兵衛の親方の話はありがたかったものの、小町通りは鎌倉でもかなりコアな場所。「自分たちにできるだろうか……?」と悩んでいたそうです。
 しかし、ここである運命的な事件が起きました。
「僕は、海の家を営業しているくらいだから、海がとても好きだし、月も好き。だから店をやるなら“海月(うみづき)”と名付けようと思っていたんです。そんな折り、長兵衛の閉店パーティーで新橋時代の古いスライド写真を見て、長兵衛の前身にあたる料亭の名が“海月(かいげつ)”だったことを知り、運命を感じてしまって」
 かくして小町通りに長兵衛の伝統を受け継いだ「海月」が誕生したのです。

「大地に足をつけて生きよう」
そういう意識から畑が始まった。

 海の家「Asia(エイジア)」は松石さんと吉川さんにとって初めての飲食店でした。
 ライヴイベントやヨガ、マッサージ、展示会などのワークショップ、結婚式や二次会パーティーと、夏のひとときを湘南の海辺で楽しんでもらう店で、「飲食にはそんなにこだわっていなかった」のですが、「どうせやるならレトルトはなし」と、当初から鎌倉の販売所で買った野菜などで料理を開発していきました。
 そしてついにそれでは飽き足らなくなって、5年目に自家菜園を始めたのです。
「松石は熊本出身の東京育ち、私も東京生まれの東京育ちで、ここ鎌倉に引っ越して自然に囲まれて暮らしていたら、やっぱり大地に足をつけて生きなきゃいけないっていう話になって(笑)。そんなころに偶然、友人が持っている畑がいまは何も利用されていないということで、借りられることになったんです」
 海月から車で10分の鎌倉山にある100坪の土地は、すでに竹が密生し、荒廃していました。松石さんと吉川さんは友人たちと一緒に畑が始められる状態に戻し、トマト、ナス、キュウリ、ズッキーニ、カボチャ、水菜などの野菜を植えました。そして、その自家菜園に、「地に足をつけて生きる」という意味をこめて「Down to Earth」と名付けたのです。
「どうせやるなら」が松石さんと吉川さんの口癖。畑も「どうせやるなら無農薬」と完全無農薬にトライ。「畑が隣接しているところだと完全無農薬というのは難しい。自分のところだけ無農薬にすると、他から虫が一気に来てしまうから。でもうちの畑は住宅街にぽつりと一つあるだけなので、それができたんです」
 畑の竹林にある土着菌(通称ハンペン)を土の中に混ぜ込んで、半年以上寝かせて堆肥を作ったり、サロマ湖の牡蠣や卵の殻をつぶして肥料にしたりしながら、頑張った結果、夏には60種類の野菜が育つほどになりました。
 野菜を自分たちで育てることで起きた変化を尋ねると、「野菜が好きになりました」と吉川さん。「苦労という苦労はあまり感じていません。虫と雑草との闘いはあるけれど(笑)。たぶん、家で食べたりするだけだったら、こんなに頑張れないんじゃないかな。お客様がおいしいと言って食べてくれるから、頑張れるんです」
 自分たちの喜びや幸せを他の人たちにも味わってもらう。そんな姿勢がここ「海月」の一番の魅力なのかもしれません。
(レポート: k.hori/2011-3-30)
おまかせ鎌倉野菜のバーニャカウダ(900円)、朝採り海月畑のサラダ(700円)、アイスプラントの天ぷら(800円)、朝掘り筍と原木しいたけの焼き物(700円)。最近のおすすめは、「昨年から作りはじめた自家製味噌を使用した味噌焼き」だそう。
朝採りの新鮮なしいたけ、筍、アイスプラント、二十日大根、ほうれん草。
店から10分の鎌倉山に100坪の自家菜園「Down to Earth」がある。春先だと周囲には筍やフキノトウが自生している。今後は梅も生るので、梅干し、梅ジュース、梅酒も自家製で作る。
前列左から広報の吉川美衣子さん、料理人の高上学さんと塚本重美さん。後列にいるのがオーナー社長の松石健宏さん。家族のような仲の良さがこの店のアットホームな雰囲気を作り出している。