おばあちゃんの漬け物、旬の野菜に安全な米――
ここでしか食べられない、記憶に残る味の数々

 周囲を田んぼと畑に囲まれ、絵に描いたようなのどかな風景。時おり鶏の声が響き渡る方向に歩いていくと、茅葺きの立派な屋根が見えてきました。「百姓屋敷・じろえむ」です。14代続く農家の母屋を開放して1997年に始めた、完全予約制の自然食レストラン。店名は、もともと屋号が「治郎右衛門」だったことが由来となっています。

当主の稲葉芳一さんがここで手掛けているのは、ニワトリ1000羽に田んぼ6反、畑に季節の野菜をいろいろ。春から初夏にかけては裏山に自生するタケノコや山菜採りの作業も加わります。取材に訪れた日は、ちょうどジャガイモの収穫時期。「明日から雨だから、今日掘らないと腐ってしまうんだよ」と、腰をかがめながら作業に精を出していました。
じろえむの営業はランチのみ。メニューも「おまかせ御膳」が基本です。稲葉さんがお客さんの人数に合わせてその日収穫してきた旬の食材を、奥さまの彰子さんが調理。そして85歳になるお母さま、ち江さんは、漬け物とかまど炊きご飯を担当します。一見すると素朴な家庭料理ですが、味わってみると、新鮮さや素材の力強さが際だつ、ここでしか食べられない味だということに気づかされます。

雄鶏と雌鶏が鶏舎で自由に動き回って
できた有精卵。与えるエサも栄養たっぷり

 農業高校を卒業し、自分で農業を始めるようになってから、ずっと有機農業に取り組んできた稲葉さん。以降36年間、米、卵、野菜、果樹のすべてに農薬や化学肥料を一切使わず育ててきました。除草は手で行うなど、作業は大変ですが、それらはすべて味の違いとなって表れます。稲葉さんの田んぼの周りには、ホタルも飛んでくるようになったそうです。

養鶏では、自家配合の安全なエサを与え、雄鶏と雌鶏を平飼いにしているため有精卵が産まれます。「有精卵のほうが無精卵よりおいしいの?栄養価が高いの?」という質問をよく受けるそうですが、答えは「同じエサを与えれば同じだよ」。ヒナがかえる有精卵は「生きたもの」の象徴。稲葉さんが有精卵にこだわる理由は、「長年有機農業をやってきた者のカンとして、やっぱり生きたものを食べたほうがいいんじゃないかと思うから」と教えてくれました。それに、ここで産まれた有精卵をいくつか孵化させたとき、健康なヒヨコがかえることで、他の卵も安全だと誰もが判断できます。こうしたことを生産している現場に来て見て、消費者にも何かを感じてほしい、と常に思っているそうです。「都会に住んでいて普段は気づかない人たちが多いけど、人間はみんな自然に生かされているんだということを、ここに来て実感してもらいたい」。稲葉さんが農家レストランを始めたきっかけも、まさにその点にありました。

徳川吉宗も好んだと言われる牛の初乳は
カッテージチーズのような味わい

 さて、再び食卓へ。やはり一番に味わってみたいのが、作りたての卵焼き。そのものの味を生かすため、少量のテンサイ糖と塩だけでシンプルに調味されています。かまど炊きのご飯は、有機米のよさに炊き加減もプラスされて、一層のおいしさ。そして、ついつい箸が進むのを見越したかのように、お漬け物は6種類も。「昔から、おばあちゃんはもったいないと言いながらいろんな漬け物を作っていたけど、たくさん作りすぎて、分ける先がいなかったりして。レストランを始めてからは、みなさんに喜んでもらえるようになってよかったです」と彰子さん。

 多くの品が並ぶなかで、気になったのが、白和えのような小鉢。カッテージチーズのようなコクのある味わいですが、これは?「子牛が生まれたばかりのときに母牛が出す濃い牛乳を初乳と言いますが、これを沸かして固めたものなんです」。1週間ほど出続けるこの濃い乳は、牛乳としての出荷ができないため、酪農農家でだけ食べられていたそうですが、かつて徳川吉宗も当時「酪」と呼ばれたこの初乳が好物だったとか。
 
 広々とした農家のお座敷で時間を忘れて、ゆったりと昼食のひととき。「じろえむ」は、遠くから訪れる都会のお客さんたちに対し、本当に美味しいと思えるもの、本当に幸せな時間とは何なのかを五感で語りかけているようでした。

(レポート: r.osumi/撮影:2010-06-17)
千葉県の農家レストラン「百姓屋敷じろえむ」
1575円~3150円まで4種類ある「おまかせ御膳」。献立の内容は同じだが、値段が上になるとその分品数が増える。かまど炊きのご飯とみそ汁つき。
築300年の百姓屋敷は維持していくのもたいへんだという。写真の茅葺き屋根の建物は、平成7~12年にかけて葺き替えた長屋門。食事はその奥にある母屋で提供している。
自然食品店などで人気の「松田のマヨネーズ」。じろえむ店頭で購入可能な「みよし村有精卵」というシールつきの商品は、すべてここの鶏卵が原料となっている。
山の中腹にある鶏舎からは絶え間なく鳴き声が聞こえてくる。現在は、4つの鶏舎で合わせて1000羽あまりの鶏を平飼いで育てている。
産みたての有精卵で作ったふわとろの卵焼き。卵そのものの味わいを活かすため、だしは加えず、少量のテンサイ糖と塩で調味する。
自家製の有機米をかまどで炊くのは、お母さまのち江さん。このご飯と、ち江さんお手製の漬け物を楽しみに何度も訪れるお客さんも多い。