阿蘇の大自然の中で放牧した黒毛和牛。 心を込めてお客様に提供する。

阿蘇に名店あり。
家族総出でおもてなしを実践。

 JR阿蘇駅近くにある、地元で評判の食事処「小次郎渕」を訪ねました。店の前の大きな看板が目印。ここからは阿蘇山頂が望め、後ろを振り向くと、観光名所の大観峰(だいかんぼう)が。店の中に入ると、「今月の使用牛」との表記のもと、自ら育てた牛の写真が飾られています。経営しているのは、黒毛和牛の繁殖農家、辻省一さんと妻の美代子さん。牧場は息子さんが後継者として入り、お店は娘さんが手伝っているそうです。「放牧している牛はまだ山の上の方にいるよ」と省一さん。家族の「団結の強さ」を感じ入る名店です。
 「肥後の赤牛」という言葉があるように、雄大な自然を誇る阿蘇山の一帯は、赤牛の生産が古くから盛んな地。草原でのんびりと赤牛が草をはむ牧歌的な風景は、阿蘇の原風景ともいえるもので、行政も農協も、そして地域も、赤牛の飼育に力を注いでいます。そんな中、「赤牛から黒毛和牛に切り替えたのは阿蘇のこの地域で一番に早かった」と省一さんは振り返ります。
 「小次郎渕」は1986年、阿蘇で当時としてはまだ珍しい「農家直営店」としてスタート。省一さんが37歳のとき、出店を決意しました。3人の子どもはまだ小さく、周囲の誰もがうまくいくはずないと反対しました。「周囲は親族を含めて、また変なことを始めやがって、との見方でした。でも、オレンジと同じように牛肉も輸入自由化時代を迎え、国内牛の取引価格が一気に下がりました。消費者との直売を持たないと、これからの時代に生き残れない」と省一さんは考えたといいます。美代子さんは「夫はそれなりの考え方があってこの世界に飛び込んだ。私はただ付いていっているだけ」と話してくれました。

消費者ニーズを見据えて
赤牛から黒毛和牛へ転換。

 オープン当初から、自分の牧場で育てた赤牛を扱っていました。ただ、繁殖農家の牧場経営でみた場合は、黒毛和牛よりも子牛の価格で10万円も安い赤牛は採算が厳しく、加えて、サシの入りが少ない赤牛の肉が消費者のニーズにうまく合いませんでした。そういう事情から、省一さんは飼育する牛をすべて黒毛和牛へと切り替えたそうです。切り替える作業が完了したのは、1993年のことになります。
 当初から一番にこだわるのは本当に旨い肉。だから、美味しい肉ができるえさを与えています。子牛のときは牧草だけで育ちますが、美味しい肉に仕上げるためには、藁(わら)や大豆かすも与えます。米ぬかも与えますが、やりすぎるとまたいけないので、えさの配合が本当に難しいそうです。お客様に提供する牛は子牛を一回産ませて、3年間時間をかけて育て上げた雌牛だけ。去勢牛も試しましたが、旨みという点で雌牛にはかないませんでした。
 お店で、上肉を炭火焼きで味わいました。言葉が出ないほど、旨かったです。

米も野菜もできる限り自家製を使用、
だから「安心・安全」なんです。

 こだわりは肉質だけではありません。米も、野菜類もできる限り、自家製を提供します。特に、米は「ミネアサヒ」という品種を栽培しています。昔は他の農家さんも作っていましたが、コシヒカリに押され、この地域では姿を消しつつある品種です。「刈り取った稲を移動するときに籾が落ちやすい、などの欠点がありました。でも、ミネアサヒのおいしさは食べてみたら分かります。また、同じ田んぼでも、うまい米をはぐくむ場所があるんです」。省一さんは笑顔で語ってくれました。
 省一さんは、この地域の草原を維持・管理する「黒川牧野組合」の組合長も務めています。3月に入ると、1420haという広大な草原を野焼します。しかも、夜に燃やします。「牛の放牧はえさ代も水代もかからないから、管理費のコストダウンにつながるんです」と話してくれました。

本当においしいお肉、野菜を、
阿蘇の大自然の中で味わってほしい。

――省一さんが考える「こころのキッチン」、幸せなキッチンってどんなものでしょう?
 「口コミで、遠くは東京からもお客様が来てくれます。わざわざ阿蘇に足を運んでくださるお客様たちに応えたい。生産者だからこそ自信を持っていえる『安心・安全な食材』を心ゆくまで味わってほしいんです」。
(レポート:「九州のムラへ行こう」平義彦/2009-11-9)
熊本県阿蘇市の農家レストラン「小次郎渕」
雄大な自然が広がる阿蘇山一帯。肉用牛の生産も盛ん。
熊本県阿蘇市の農家レストラン「小次郎渕」
店内は家庭的な雰囲気。別部屋もあり、団体客にも対応できる。
熊本県阿蘇市の農家レストラン「小次郎渕」
上牛炭火焼のお肉。美しいサシが特徴。
熊本県阿蘇市の農家レストラン「小次郎渕」
釜飯も人気。だしの取り方は企業秘密とか。
熊本県阿蘇市の農家レストラン「小次郎渕」
「本日の使用牛」を示す写真は開店当時から掲げている。
熊本県阿蘇市の農家レストラン「小次郎渕」
「安心安全なお肉を味わってほしい」と話す辻美代子さん。