「ここきち」が選んだ旬の人にお話を伺いました。

1964年、富山県生まれ。1990年、デザイン会社「キューズデザイン」を設立し、広告デザインを数多く手がける。2008年、日本ベジフル協会ジュニアマイスター取得。2009年には自ら農業デザイナーを名乗り、農業デザイン研究室を開設。2010年、千葉県アグリトップランナー育成事業デザインアドバイザーに就任。
日本の食の風景「こころのキッチン」を守り、育てて行くために、
様々な立場の、様々な人たちが、様々な活動を続けています。
今回は、突然の自由競争を強いられた農家のために、効果的なPR活動を
サポートする「農業デザイン研究室」佐野元彦さんにお会いしてきました。

農産物にも、買ってもらうためのPRが必要。
農家と共にデザインコンセプトを打ち出しています。

 
 これまで、日本の農業を担う大半の農家は、作物を作ることだけが自分の仕事だと思っていました。せっかく他の農家よりも手間ひまかけて、美味しさを追求して作ったとしても、既製品の袋に詰めて農協に持って行ったら、もう他の農家が作ったものとの差別化なんてできません。スーパーに並んだらどれも同じ。美味しさもこだわりもメッセージも、消費者には届かない状態で売られているんです。

 「ウチのおコメのほうが絶対美味しいのに、どうして売れないんだろう」と多くの農家が悩みを打ち明けますが、理由は明確です。そのこだわりが、売る段階(消費者が選ぶ段階)ではゼロになってしまうからなんですね。このように大半の農家は、消費者に選んで買ってもらうという発想も持たなければ、自分の作物のいいところを客観的に整理して伝えるための知見も技術も持っていないのです。

 この問題を解決するために、私は「農業デザイン研究室」を立ち上げました。デザインとは、率直に言えば売るために必要なコンセプトのこと。農業デザインもまったく同様です。私たち農業デザイン研究室は、農家や地域の農政担当者と手を組んで、作物を商品として売るためのコンセプトを探し、そのコンセプトに沿ったパッケージやロゴマークなどを実際に作っています。

 つまり、農業界にデザインという視点を加えることによって、かつての「作る」ことだけがテーマだった農業を変え、農家のこだわりやメッセージがちゃんと消費者に「伝わる」産業にしよう、というのが農業デザインの目指す考えです。
佐野元彦さん(農業デザイン研究室)
「農デ研」のロゴ。「田」の中に「農デ研」の文字が稲穂のように存在するイメージから制作。

生産者それぞれの物語が、作物の商品コンセプトに。
思いに耳を傾けることから、デザインは始まります。

 私が「農業デザイナー」を名乗り、農業デザイン研究室を立ち上げたのは2009年と、つい最近のことです。その1年前に千葉県農林水産部の依頼を受け、季刊誌『CHIBA YASAI』のデザインを担当したこともあり、千葉県による農家支援政策「アグリトップランナー育成事業」に携わるようになったのです。この事業は農家に対し、生産のための設備などハード面ではなく、販売促進のソフト面で補助金を出すという画期的なものです。この事業により、まさしくパッケージのデザインなどの分野で、私が圏内の農家の方と直接仕事をするようになったのです。

 これまで実際にパッケージを制作した中で、特に感慨深いのは2軒のコメ農家です。『気和味米』は、生産者の男気をコンセプトにして作りました。生産者は熱くストレートな発言が長所の30代の青年でしたので、その熱い思いをマニフェストにしてパッケージの裏面に掲載しました。表面は、濃いネイビーをメインカラーにした斬新なデザインで、いわゆる「ジャケ買い」(CDなどでジャケット写真の良さを気に入って購入する行動)もねらってみました。

 『四十代目 太郎左衛門』は、「どう売り込んだらいいのかわからない」という悩み相談からコンセプト打ち合わせがスタートしました。まったくお手上げの状態から、ふと「ウチは鎌倉時代からのコメ農家。代々続く、太郎左衛門という屋号もあった」と話してくれたので、その歴史が商品のコンセプトとなり、ネーミングにも採用しました。生産者の方は、私の作ったパッケージを仏壇に供え、ご先祖様に報告してくださったそうです。

 『気和味米』も『四十代目 太郎左衛門』も、生産者の背景にある物語をコンセプトにしています。私たちはデザインの専門家とはいえ、商品や作り手のことを知らなくては、そのモノを効果的にPRすることができません。こうした物語を紡ぎ出すために、農家の方とじっくり話し合うことが、いいデザインを生み出す決め手になるのです。
『気和味米』パッケージデザイン。左が表面で、右がマニフェストを掲載した裏面
 『四十代目 太郎左衛門』パッケージデザイン。
『四十代目 太郎左衛門』パッケージデザイン。

生死をさまよった経験から食の大切さを知り、
新鮮な野菜を食べる楽しさと感動を知りました。

 そもそも、広告デザイナーとして活動している私が農業という分野に興味を抱くようになったきっかけは、2005年、勤務中に脳梗塞を発症したことなんです。生活習慣の乱れが原因で生死をさまよい約2か月もの間入院したこの時期に、健康の大切さを痛感し、特に食生活について関心を払うようになりました。それ以来、野菜の美味しさを知り、野菜作りの奥深さを知り、実際に自分でも野菜を育て、収穫するようにもなりました。掘り出したばかりのカブは、柿のように甘いし、本当に新鮮なトマトはイチゴのように甘い。野菜を食べる楽しさと感動を知りました。

 さらに、食に関心を持つようになると、日本の農業界が抱える問題点にも目が向くようになりました。農業界に突然、自由競争原理が持ち込まれたことによって、大手資本を持たない大半の農家が「このままではやっていけない」と自信を失ってしまったんです。人の命を支える食産業が崩壊してしまったら、日本の社会も成り立たなくなるのではないか。この時そう感じた私は、デザイナーという自分の職分を、この国の農業のために活かせないかと考え、今に至っています。

 そして今、農業はあらゆる産業と連携・融合することで「第6次産業」と呼ばれる新たな産業への転換期を迎えています。その流れはこれからも続くと思いますし、社会はその融合に経済成長の可能性を期待しています。すなわち、大半の農家にとって今必要なのは、企画や販売、デザインなど、商品のよさを伝える発想を持った人の力です。私は、農家とディレクターやデザイナーが連動して、消費者にとって価値のある情報を発信する『農×Dプロジェクト』を提唱しています。プロとしての実績のある人ばかりでなく、私たちと同じような着想を持つ数多くの方に、このプロジェクトに参加していただきたいと願っています。日本再生の鍵は農業が握り、農業が活性化する鍵は、農家と消費者のコミュニケーション改革にあると、私は思います。

 私にとっての「こころのキッチン」は、田舎の食材ですね。生活するのは都会がいい。けれど食となると、やっぱり田舎の味が好きなんですよ。ことあれば地方の食材を「産地直送」で取り寄せていますし、穫れたての野菜を食べたいがために「産地直行」も趣味にしています。「むらの幸せは、とかいの幸せ」。それが私の農業スローガン。むらで生産したものを、とかいで消費する循環社会の実現を目指して、これからも新たな活動に取り組んでいきたいと思っています。
(2010/04/15)

「農デ研」ホームページ
http://www.noudeken.com/
佐野さんがデザインした新庄農園「のぼり」。新庄農園のご主人、佐野さん、そして佐野さんのお子さんで記念撮影。
佐野元彦さん(農業デザイン研究室)
「ムラの幸せは、世界の幸せにつながる」をコンセプトに、地球をイメージした、佐野さん制作のロゴ「HAPPY VILLAGE」。